奇跡

 



実は昨日奇跡が起きた。

朝、海外に住む友人から「来月仕事がらみで福岡に行くかも」という連絡があり、「会いたいけど交通費はない。ちょうど締め切りも重なっているから、涼しい時間帯に自転車で移動して、野宿しながら仕事するしかないかな?」と思いつつ散歩に出た。

家に帰ると、偶然妹から「旅行などに使えるポイントを使っていいよ」との連絡あり。
わたしにとっては大金に代わるポイントなので、「いいの?」と何度も確認したけど、構わないと言う。
ということで1時間ぐらいの間に、「数日かけて野宿しながら移動」が「公共交通機関を使ってホテルに泊まれる」という可能性に代わった。

まだ友達が福岡に来るかは確定ではないし、本当にポイントが使えるのか半信半疑だけど(二親等までの親族は使えるらしい)、あまりのタイミングの良さに驚愕せざるをえなかった。


わたしが以前住んでいた国では、日本より「導き」という言葉が大切にされていた。
日本より自分の置かれた状況を変えることがずっと困難な社会システムゆえ、「何か不思議な力」が働くことを信じて生きるしかないという背景も、「導き」という言葉が強い意味を持つ理由の一つだと思う。
同国の出身者、アンソニー・ウィンクラーの自伝のタイトル『暗闇を信じる』も「導き(光)を信じて暗闇を恐れない」という意味だ。

昨日友達から「福岡に行くかも」と聞いた時も、「あ~、交通費ないな。。。」と一瞬思った。
友達はそれも理解した上で、交通費を負担するつもりでわたしに言ったと思う。
数年前に東京で再会した時、「あとで開けてね」と言われた封筒の中に手紙とお金が入っていて、自分のふがいなさを申し訳なく思うと同時に、彼女のやさしさと思いやりに感謝して涙が出た。(決して裕福な友人ではない)
そういう彼女に会うためだから、今回も自転車・野宿で数日かけてでも会いに行こうと思っていた。(ちなみに彼女は、わたしが住む場所に困るほど困窮していた時に、「うちに来なよ」と言ってくれた人でもある)
でも今回は、そんな彼女に何の心配もかけずに会いに行ける! すごい偶然の奇跡だった。

暗闇に光が射すのは、まったく光が見えなくても真っ暗な中を前に向かって進むから。

今回のことも、今の仕事を再開して何とか仕事がもらえていることも、ひとえに導きのおかげだと思う。
仕事に関してはまだまだ暗闇の中だけど、遠くに小さい光は見え始めた。
どのくらい進めば、その光にたどり着くのかはわからない。
でも真っ暗な中を、これからも歩いて行こうと思う。








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