苦渋の判断
「クマの駆除にクレームを入れる人」に関する『NEWSポストセブン』のコラムの中に「苦渋の判断」という言葉が出てきて、熊の駆除だけでなく、誰かや何かを簡単に非難できる(ように見える)人にはどれほど「苦渋の判断」が伴っているのかを考えさせられました。
すべての生き物の中でも、人間は群を抜いて自然環境や他の生き物を犠牲にして生きているのに、「すみません。。。でも、生きるためには本当にしょうがなくて。。。」という後ろめたさや気の重さを持っていない人がいるということでしょうか。
罪の意識を感じることなく毎日を過ごしたいけれど、お腹が空くので何かの命をいただかなくてはいけないし、他の生き物の生存を脅かす環境破壊なしに、わたしは残念ながら生きられません。
極力人に迷惑をかけないよう心がけてはいるものの、わたしの存在を不快だと感じている人もいるでしょう。
それでも苦渋の判断を重ねて生きていくしかない。
だから個人的には、「今日も生かしてくれてありがとう」と手を合わせながら生きてます。
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