「先生に会ってるか、会ってないかで  人生めちゃくちゃ変わってたと思います」

 

朝日新聞の宮崎記者が書いた『僕の好きな先生』という本の出版を知って、RCの往年の名曲を思い出しました。
わたしもこの曲が大好きで、今思い返すと、小学校から大人になるまで〝僕の好きな先生” があふれている幸運を再確認しました。

小学校の時、夜、保護者の了解を得て運動場に寝転んで星を一緒に見たH先生。
わたしと友達が全裸で川遊びをしているところに自転車でやってきて、「ここで死んだ子もおるんだぞ! ここで遊ぶな!」と耳をつねられたな~。
ご自宅の柿をとりに行ったな~。

中学三年の時、そっと「自信は努力から」と書かれた鉛筆をくれたO先生。

月謝3~4,000円の格安の塾を開き、クリスマスなどのイベントや、キャンプ、スポーツ、外国人との交流まですべて無料で提供してくれたI先生。
「みんなと一緒に楽しみたいから」という理由だったと思うけど、今思えば先生はずっとバイトをしていて、わたしが高校生の時に一緒にバイトに行ったことも、30歳を過ぎて偶然バイト先で会ったこともありました。
小さな子に勉強を教える代わりに、高校生だったわたしの勉強を無料で見てくれました。

高校の時、放課後に何度か視聴覚室で映画を見せてくれたT先生。
何の反抗か、テストの裏面に答案を書いて提出したわたしに、それでも〇をくれ、お古の辞書をプレゼントしてくれました。

すべてが美しかったK先生は、何度もご自宅に招待してくださったり、一緒に映画を見に行ったり。
特に英語に興味があったわけでもないわたしをスピーチコンテストの出場者に選んでくださったことが、英語を深めるきっかけになりました。

他にも国語のT先生、美術の先生、理科の先生、図書館の先生と挙げるとキリがないほどで、まさに「先生に会ってるか、会ってないかで  人生めちゃくちゃ変わってたと思います」。
今の先生も、そんな風に生徒と交流できる心の余裕があればな~と願うばかりです。

コメント

  1. 良い先生との出会いが今のもり子さんの素にもなっているのね。
    人として素敵な人ばかりです。

    私が出会った先生達はどうだったかしら笑 印象は残っているけど、私の何かには全くなってない。名前すら思い出せない。

    出会ってよかったと思えるのは、高校の簿記の先生かな。アル中でいつも酒臭いけど笑 私自身を認めてくれていた唯一の先生かも。友達も衝突したながらもその先生を慕っていたし。計算嫌いな私が簿記の授業を真面目に聞けたのは先生のおかげだわ笑

    校則でパーマは禁止だったけど、何人か(私はそのうちの一人)呼び出されて注意されている後ろで、パーマかけても学校に迷惑かけておらんだろ。かわいいやないか。と言ってくれた先生でした笑

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    1. 簿記の先生も素敵じゃん!!!
      わたしもそういう先生が好きだよ!

      子どもの時は大人の存在が大きくて、家族以外に接する大人の数も限られている。だから学校の先生の存在は重要で、いろいろな大人に接することが、子どもの世界感を広げてくれるんだと思う。
      まわりに似たような大人しかいないと、彼らの価値観から外れた時に、子どもは「自分の生きられる世界がない」と思うんじゃないかな?

      すうんさんも多感な時期に簿記の先生に出会ったおかげで、パーマをかけててもよい、アル中でもよいと思える寛容な人になったのでは?

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