なかなか馴れない外来語

 


手元には古い辞書しかありませんが、明鏡国語辞典によると、「外来語」とは「外国語から取り入れられて自国語のように使われている語」を指し、日本語ではコップ、パン、ビールなどが外来語にあたるようです。
一方広辞苑によると、「和製英語」は「日本で英語の単語を組み合わせるなどして作った、英語らしく聞こえる語」で、オフィスレディー、ナイターなどが和製英語の例として挙げられています。
外来語は外国語をそのままカタカナにした言葉のはずですが、発音やアクセントの位置が違うことに加えて、意味の微妙なニュアンスが違うことも多いため、外国語としては使えない言葉が多い印象を受けています。

そして、わたしは外来語や和製英語が苦手。
外来語や和製英語と英語をパッと使い分けられる人はいいけれど、自分にはそれができないからです。
英語が母国語の大人に対して、つい「ランチタイム」と言ってしまったあとに「ランチ・ブレイクの間違いだ!!」と気づいて赤面することもあります。
(「ランチタイム」も英語ですが、どちらかというと小さな子どもや仕事を引退した年配の方がのんびりと昼食をとるイメージで、学校の昼休みや働く大人は「ランチ・ブレイク」を使うことが多い印象)

しかしNHK放送文化研究所が刊行する『放送研究と調査』 2022年12月号に掲載されている記事では、2021年に20歳以上の男女4,000人を対象にした調査で、外来語の増加に賛成派が6割を超えていることが伝えられています。
年齢が若い人、高学歴の人ほど外来語を好むようです。

個人的には、元々日本語がある物や概念に対して外来語を使うことに強い抵抗を感じて、極力日本語を使うようにしていますが、わたしの訳した文が編集者さんの手にかかると、100%カタカナ語が増えます。
最初は(ケア、リスペクト、アトモスフェリック、アタッチメントなど)「それもカタカナでいくの?!」と驚いたことがあったものの、今では「読者にとってその方が自然だという判断だから、カタカナの方がいいのだろう」とスルーしています。
と同時に、わたしの使う日本語が古いという証でもある(苦)。

自分が書いた文章であれば、「いや、そこはカタカナの外来語じゃなくて、日本語の方がしっくりくるんですよね」と強く言えますが、翻訳の場合は誰かの書いた文章で、なおかつ日本の読者向けにアレンジされることも多いため(その度合いは編集者さんの判断によって異なる)、わたしは編集者さんのさじ加減に任せています。

それにしても昨今の日本、カタカナの外来語が多すぎませんか?
話者のキャラクターや文脈にもよりますが、カタカナが多いと「日本語で言ってくれ!」と言いたくなります。

と同時に、この投稿でも「ニュアンス」「イメージ」「アクセント」「アレンジ」「スルー」「キャラクター」というカタカナ語を使っているという矛盾。

日本で普通に暮らしていると、自ずとカタカナ語が増えていくのかもしれません(苦笑)。

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