お墓

出典:朝日新聞社

徒歩で移動していると、よくお墓を見ます。
山の裾野には墓地が多く、いつもの散歩コースはもちろん、通勤ルートも大きな墓地の横を通ります。
いつもきれいなお花のそえられているお墓があれば、墓石と墓石にはさまれて、花やお線香をそえるスペースもない、ただの石のようになっている古いお墓もあって、なかなか考えさせられます。
ひどいのは、山中に不法投棄されている墓石の山です。
上の動画では、墓石がきちんと並べられて供養されていますが、不法投棄されている墓石は、横になったり、反対になったり、石が欠けていたりと、ただ山積みになっているだけです。

わたしの祖父母のお墓は、祖父母の家のほぼ隣にあって、先祖代々が眠る一族専用。
その土地に住むいとこが守ってくれています。
でもふと思えば、わたしもよくかわいがってもらったおばあさん(祖父の姉)のお墓は、おばあさんの嫁ぎ先の家の前にあり、そこも一族専用。
子どもがいなかったため、跡継ぎもいません。
おばあさんが亡くなった時点で家は解体され、おばあさんをみていたわたしの伯父も亡くなった今、そのお墓がどうなっているのか気になるところです。
小さい山の山中に、お墓だけがポツンと残されているのでしょうか。。。
近所に住むわたしのいとこが、おばあさんのお墓も管理してくれているのでしょうか。。。

上の動画にある、「先祖があっての自分」という言葉が胸にささります。
お墓をつくることやお墓参りをすることは、単に〝かたち〟といえば、〝かたち〟にすぎません。
だけど祖父母やおばあさんの〝かたち〟を大切にしたいというか、少なくとも雑に扱いたくないというも思いも自分の中にあることに、最近気づきました。

祖父母やおばあさんのお墓まで片道2時間ほど。
久しぶりにお墓参りにいこうかな、と思っている朝です。

ちょうどお彼岸ですね。

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