せつない事件
今日の『朝日新聞』で「頂き女子りりちゃん」(渡辺被告)のことを知り、朝から考えさせられています。
なんか、とても悲しいです。
もちろん多くの人を傷つけ、多大な損害を与えた渡辺被告は罪を償う必要があります。
と同時にこの事件からは、「ずっとこんな風には生きられないよね。。。」ということがわかりつつも、他の生き方をできなかった被告の必死さも感じられて、「彼女のまわりには、彼女の欲求を一部でも満たしてくれるまっとうな人間が1人もいなかったのか?」という疑問を抱いてしまいました。
その場限りの時間を楽しむために、ホストクラブに行くのはいい。
だけどそれにハマって犯罪まで犯してしまうのは、大金を払ってでも自分のことを見てくれる人を渇望している証しのような気がして、胸が痛みます。
生きる中でどんな人と巡り会うかは偶然にすぎず、強すぎる承認欲求をもたずに済んだ自分は、単に運がよかっただけかもしれない。
人の価値は、勉強ができるとか、何を持っている、どんな所に住んでいる、見た目がいいとか、そういうものではないと、わたしは思います。
でも、そんな風には思えない人が増えているのかもしれません。
誰かを求めて罪を犯した被告も、見え見えの被告に騙された被害者の方々も、結局は誰かを求めてつながったところがせつないです。
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