「かもしれない」という想像力
Mrs. GREEN APPLEの「コロンブス」という曲のミュージックビデオが大炎上したらしい。
わたしはそのニュースを伝える記事を読んだり聞いたりしただけで、ミュージックビデオ自体を見たわけではないけれど、ヨーロッパ/白人の帝国主義を象徴する人の名前を曲のタイトルに選んだ時点で物議をかもすことは必須だったと思う。
「ナチ」とか「ヒトラー」という曲名にするのと、そう変わらない。
批判されることを覚悟の上で、それを覆すぐらいの信念やポリシーをもって「コロンブス」という題名をつけたのではなかったのね。。。
しかも東洋経済ONLINEの記事によると、ミュージックビデオの中で猿の着ぐるみを着た人にピアノを教えたり、人力車を引かせるという場面も出てくるらしい。
そんなの絶対ダメに決まっている。
どうして数百年前の侵略を模したのだろう???
今回の件で明らかになったのは、ミュージシャンやビデオ制作者、レコード会社とスポンサーの全員が、「コロンブス」というタイトルをつけてコスプレをし、白人至上主義を再現する演出に何の違和感も覚えなかったという意識。
政治的な正しさとか、違う意図があったという言い訳は通用しないレベルだ。
この騒動を伝える報道の中には、「歴史的に評価が移り変わった人物を取り上げる際には注意が必要」というようなことを書いているものもあったが、それは違う。
コロンブスは15世紀後半に新航路を開拓したという意味では偉業を成し遂げたけれど、「その当時から」上陸した先々で現地の物資や命、文化や生活を侵した隊のリーダーだった。
もちろん出資者に対する責任はあっただろうし、コロンブス自身が手を下したのかは、わたしは知らない。
でもコロンブスを完全な〝英雄〟にしていたのは白人至上主義者であって、侵略された側の人たちにとってコロンブスが〝英雄〟だった時は、おそらく一度もなかったと思う。
以前、黒人の人口が8割を超える国でボランティアをしていた日本人が、現地の人たちに腹を立てた際、「お前らは猿だ」と言ったために問題に発展したことがある。
その人は一流企業に勤めたあと、海外ボランティアとして何かの指導に携わっていたのだから、無知な人ではない。
それなのに、「猿と言ったら、みんなに無茶苦茶キレられたんですよ」と、まるで自分が何も悪いことをしていないかのように、わたしに同情を求めてきた。
「殺されなくてよかったですね」としか言えなかった。
また、ある音楽フェスティバルで旭日旗を掲げ、日本兵のコスプレをした日本人ミュージシャンがいて、「この人たち正気か?!」と仰天したこともある。
旭日旗 + 漁船であればOKだとしても、旭日旗 + 旧日本軍の組み合わせが何を象徴しているのか、本人たちはわかってやっていたのだろうか。
今回のMrs. GREEN APPLEの事件に関して、「歴史観の違い」や「単に歴史を知らなかっただけ」と言う人もいるけれど、その意見には疑問を覚える。
あるものの一面だけを見ていた結果、それでつらい思いや嫌な思いをしている人がいる(いた)「かもしれない」と想像しなかったことに原因があるのではないだろうか。
それが、想像力に富んでいるだろうクリエイティブな仕事に就くミュージシャンやビデオ制作者、レコード会社、超一流企業の人たちによってなされたことが、個人的には1番ショックだった。
かく言うわたしも、無意識の内に同じような罪を犯している可能性がある。
やっぱり想像力は大事。
物事を多面的に見る重要性を再認識する出来事でした。
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