解釈

 
わたしは何の引っかかりも感じずにその記事を読んでいたので、「何が問題だったのだ?」とネット検索をしてビックリ。
「そういう読まれ方(解釈)もあるのか~」と驚きました。

問題の発端となった読者のお悩みは、ロシアの軍事侵攻、イスラエルのガザ攻撃、アメリカ大統領選など、不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたびに、怒りに燃えて困っている。絶望的な気分になり、夜も眠れない。憂えたところで何をするという手立てもないので、新聞報道など見なければよいのだけど、社会問題から目を背けるようで気が引ける。今後、ますますひどい状況になることが想定される中、自分はどのように気持ちを保っていけばよいのだろうか、というもの。
それに対しする野沢さんの回答はこうでした。

ーー このお悩みを読んで、まず最初に思ったことは、そんなに心配なさっているのなら実際に戦場に出向いて最前線で戦ってくればいいのにな、ということです。
まあ仮に戦場に行くのは無理でも、実際あなたが心配している国に出向いて、あなたがニュースで観(み)ていることはどこまでが真実なのか確かめてくるというのはいかがでしょうか。
・・・・・・ニュースになっていることの裏側には、いつも報道されていない、現地の声というものがあるはずで、悲しんでいる人たちが映し出されたその地にも、悲しんでいるだけではない人たちもたくさんいるのではないでしょうか。
・・・・・・ニュースというのは起きている事柄の紹介だけで、その裏にある人々の声や本当の感情というものを100%伝えきれているとは思えません。
・・・・・・あなたがそこまで心配しているなら、その地に行って自分の目で確かめてくるべきだと思います。
おそらく、あなたは今、とても幸せなのだと思います。
人間とはないものねだりな生き物で、あまり幸せだと『心配の種』が欲しくなってくるのだと思います。失礼ですが、それなのではないでしょうか?
世の中が酷くなるかどうかは誰にもわかりません。そんなことを嘆く前に、今自分が幸せなことに感謝して自分の周りにいる人たちを大切にしましょう。
いつも寄るコンビニの店員さんに声をかける、近所の人に挨拶(あいさつ)をする。そんな小さなことから連鎖して、世の中は明るくなっていくと思うし、そんなに捨てたもんでもないんじゃないでしょうか ーー

今世間で起きている議論の多くが「抜粋(切り抜き)」から起きていることを考えると、このように一部を引用することもはばかられますが、〝わたしの〟解釈に基づいて要点だと思われるところをまとめました。

たしかに書き出しの、「(そんなに心配なら、あなたも)戦場に出向いて最前線で戦ってくればいい」という箇所は、かなり挑発的な表現です。
でも、少なくともわたしの目には、野沢さんの主旨はそこにない。
「ニュースで伝えられていることがすべてではない。本当に気がかりなら自分で真実を追究すればいいし、世の中に起きている問題を直接的に解決する方法がみつからないなら、今あるものに感謝して、自分にできる身の回りの小さいことから世の中をよくしていけばよいのでは?」というのがメッセージの本筋ではないでしょうか。

あまり幸せだと『心配の種』が欲しくなってくるのだと思います。失礼ですが、それなのではないでしょうか?」という部分に引っかかる人がいるのも想像できます。
でも、わたしもそう言いたい気持ちはわかる。
「心配」「かわいそう」「問題だ」と言いつつ矛盾した行動をとっている人は多いもの。。。

野沢さんの回答をめぐる賛否両論のどちらが多いのかはわかりませんが、少なくともわたしの受け取り方とは違う解釈をしている人が多くて、なかなか考えさせられます。

誰が見ても物議をかもしそうな最初の一文や、「あなたは心配の種が欲しいだけでは?」という鋭い指摘をあえて削らずに掲載した編集者の方は立派です。
野沢さんは著名な外部執筆者なので、「ここはこう直してください」「直してくださらないなら原稿はボツです」とは言いづらいでしょうし、当コーナーのほかの回答者も、美輪明宏さん、上野千鶴子さんなど、「そんなことを言うなら連載をやめます!」と言いそうな顔ぶれの方々。
原稿の直しにも限界があるでしょう(笑)。

ふつうに読めば、かなりバランスと表現に工夫の凝らされた回答しか掲載されていない「悩みのるつぼ」ですが、ここまでいろいろな解釈が生まれるとは、万人に伝わる表現をみつけるのは難しいと思わされる出来事でした。

コメント

人気の投稿