見え方の違い
写真:Fillos Sazeides 出典:Unsplash
先日バイト先で、職場付近にホームレスの人がいて怖いと女性たちが騒いでいました。
「ボロボロの服を着て、ビート板のような物を持って道路を歩いている!」と。
わたしはその会話に参加せず耳だけ傾けていたのですが、話題になっている男性に聞き覚えがありました。
その人はいつも半袖に短パン、ビーチサンダル姿で、ボディボードだけを持って道を歩いています。
バイト先は工業地帯にあり、もう少し北上すれば海水浴場。
わたしの家から1番近い砂浜なので、自分もよく行く場所です。
彼を見かけるたびに、「家からボードだけ持って海に行っているのね。カッコいい人がいるじゃない」と思っていただけに、バイト先の人たちが彼のことを「ホームレス」「怖い」と言っていたことに軽い衝撃を受けました。
彼女たちの目には着古した服とほぼ手ぶら、徒歩の組み合わせがみずぼらしい不審者に映ったのでしょう。
この件であまりショックを受けなかったのは、数年前に別の職場でサップで川を下る人を発見した同僚たちが、「川に変な人がいる!!」と大騒ぎするところに出くわしたことがあるからです。
わたしも何事?と思って見たら、気持ちよさそうに海に向かう人がいるだけでした。
仮にサップの存在を知らなかったとしても、「あれ何?」「あんなのがあるんだね」とは思わずに、変な人がいると大騒ぎになることを知り、そのときのことは深く胸に刻まれました。
同じものでも、人によってまったく見え方が違います。
それはごく当たり前のことだけど、ああもみんなが口をそろえて同じ感想を言うということは、大多数の人にはそのように見えているのだな、と。
わたしのひっつめ髪でさえ、友達が「そんな髪型をしている人は誰もいない」と言うぐらいだから、毎朝大きなリュックを背負って山を登ったり、草履で徒歩通勤をしている自分は、他の人から見たら完全に不審者でしょう。
「あの人は何をしているのだ?」「どうしてあんなことをしているんだろう」とは思わないのですね。
でも、そんなことを気にしていたら好きなことができません。
わたしはわたしの道を行くし、ボディボードの彼も、サップの彼もリスペクト。
誰に迷惑をかけているわけでもなし、好きなことを楽しんでいけばいいと思っているもり子です。

自分の基準に無いものは有り得ないものという感じになるのでしょうか。恐怖を感じるのも仕方ないかもしれない。
返信削除ホームレスと間違えられている人も他人から見た自分がまさかそんな風に思われているとはと思うでしょうし、私は弟を思い出してしまいました笑 町工場で働く弟ですが、服装、髪型だけで見ると昔はそこそこ売れロックミュージャンのようです。バンドマンですと言っても疑われないと思います笑
引っ詰め髪のもり子さんは、我が家の姉妹には「かっこいい女性」と写っています。私もその印象です。
どんな格好でも風貌でも派手でも地味でも立派な人でもみんなに人気があったとしても、目に表情がない人であれば私は怖さを感じます。
弟さん、そんな感じなんだ! いいじゃ~ん!!!(笑)
削除「自分の基準に無いものは有り得ないから怖いのではないか」「目に表情がない人は怖い」というすうんさんの考察や感じ方がわかって、この投稿を書いてよかったな~と思ったよ。
たしかに目から感情の読み取れない人は怖い。
『他人といる技法』というコミュニケーションに関する本でも、表情がないと相手を不安にさせると書いてあったよ。
人が自分をどう思うかはコントロールできないし、人の価値観に合わせようと思っても全員の価値観に合わせることは無理だから、結局それぞれが心地よいと感じるスタイルに落ち着く気がする。
自分の人生だからね。
本人が幸福感を感じていることが一番だ。
あと、「アリ」の基準は多い方が、個人的には面白いことが増えていい気がする。