友達に思う

 
友達が送ってくれたブドウ。
箱の中に余裕があるのは、開封後すぐにもり子が食べてしまったからです(笑)。

もう15年ぐらいでしょうか。
自分が勤めている(いた?)農園のブドウを毎年送ってくれる友達がいます。
このブドウが届くと、もうすぐ秋であることを感じ、毎年「もうそんな時期?!」と驚くことの繰り返しです。
うれしいのは、わたしが海外に住んでいる間も実家の母にブドウを送り続けてくれ、今もわたしのアパートと実家の両方にブドウを送ってくれること。
おかげでうちの母は、この友達のことを「こんな(に思いやりのある)子はいないよ! 完全に娘みたいなものだよ。アンタもこんな人にならないかんよ!」と言って久しいです。
先日も、15年以上前に1回話しただけの母の好物を覚えていて、それを母に送ってくれました。
もちろん贈り物はうれしいけど、それよりも母の好きな物を1回聞いただけで覚えてくれていることにすごく感動しました。

わたしはいたらぬ所の多い人間で、残念ながら人に誇れることが少ない。
でも昔から胸を張って自慢に思っていることが、とてもよい友達に恵まれていることです。
「も~、わたしって。。。(涙)」と穴に入りたくなることはしばしばですが、思いやりに満ち、知的で、人として立派な友達の存在を思い出しては、「この人たちに親しくしてもらえる自分は、そう悪い人間じゃないのかも」と励まされています。
毎年ブドウを送ってくれるこの友達に加え、「お母さんと食べてね」とお菓子を大量に送ってくれる人、ズボラなわたしをよく理解していて、自分では絶対に買わないパックや化粧品を送ってくれる人、明るい気持ちになれる本や小物を送ってくれる人がいます。
もちろん送ってくれる物自体にも毎回大喜びしているけれど、みんなのその気遣いが、本当に何よりもうれしい。

そんな友達に囲まれ、自分はどう彼らの役に立てるのか考え続けています。
いつまでたっても収入は少ないし、彼らはわたしよりもいい物をたくさん知っている。
だからずーっと思っていることがあるのです。
それは、彼らが無一文になったり、どん底まで落ち込んだりした時に、わたしの所に来て欲しいということ。
にっちもさっちもいかなくて、どうしたらいいかわからない時は、うちに来て平和に生きるわたしの所で心身を休めてほしいと思っています。
人1人ぐらいはいつでも食べさせられるからね。

まぁ、みんなわたしよりもずっと強くて賢いので、そんな状態まで落ち込む確率は限りなく低いのですが、わたしにはそんなことぐらいしかできない。
でも、最悪の時にはみんなを受け入れる心づもりでいます。
特別なことは何もできないけどね。

わたしの友達と、彼らの大切に思う人たちが、ずっとしあわせでいますように。
今日もよい1日でありますように。

コメント

  1. もり子さんだからでしょう。もり子さんがそういう人を惹きつけているのです。生まれ持った性質?気質?知らず知らずにあなたを思う人を集めてしまう人徳を誇りに思ってもいいのではないでしょうか。皆さん、見返りなど求めず必要とせず、ただもり子さんが喜んでくれることが一番なんだと思います。

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    1. なんとやさしい言葉!(嬉涙)
      人に生かされてばかりで、わたしは誰かをしあわせにできているのか、まったく自信がないよ。
      ただ、自分が愛情をもらっている分、相手に同じ量を直接返すことは無理でも、愛情のお裾分けは心がけてる。
      それでその人がしあわせな気持ちになって、別の誰かに余った分をお裾分けしてくれたら、ポカポカした気持ちの人が増えていいかなぁと思ってるよ。

      本当にいつもありがとう(合掌)

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