たった6―70年前の話
出典:新潮社
わたしが徒歩移動などの「自力」にこだわり始めたのは、母から子ども時代の話を聞くようになったからです。
母が小さい頃は、近所に酒屋さんと呉服屋さんぐらいしか店がなかったと言います。
魚と豆腐は毎日売り子さんが来て、本は縁日で売られる中古の本しかなかったそうな。
それでは他の物はどうやって入手していたのか。
今ではとても考えられませんが、基本的には各家庭でまかなっていたそうです。
それが縄文時代や何百年も前の話ではなく、たった6ー70年前のことだということに強い衝撃を受けました。
自分にはそんな生活できません。
祖父は今ある家を設計し、大工さんの手を借りたとはいえ、基本的には自分と家族の力で家を建てました。
伯父も自力で離れを二つ作り、母も窓枠などは自分で作れます。
編み物、洋裁、和裁もできる。
それなのに、わたしはどれもできない。
たった数十歳の違いなのに、自分はなんてひ弱なんだろうと思いました。
そこで、母が子どもの頃は行楽地に行くために何十キロも歩いたと言う話を聞いて、せめて歩く能力だけでも母の時代に近づけるため、なるべく徒歩移動をするようになったというわけです。
それに似た発想を山で実践してみた人がいます。
登山家の服部文祥氏は百年前の装備で当時の人が歩いた道を歩き、その記録を2013年に『百年前の山を旅する』という本にまとめました。
わらじでテントや寝袋もなし。
普段から電気機器や米以外の食料を持たず、すべて現地調達することに慣れている服部氏でさえ、百年前の人たちが普通にしていたことに悪戦苦闘。
知識と体力と技術を兼ね備えた人でも、わずか百年前の人にできていたことができないという事実には、現代人の退化について考えさせられました。
もちろん現代人のなしえた壮大な偉業も無数にあるけれど、便利な物がなくなっても普通に生きる能力は、相対的にかなり下がっているのかもしれません。
「できるだけ自給自足を目指す」とか「自力で移動」「自分で作る」などと言うと、「縄文時代に帰るのか?」とあざ笑う人もいますが、それが当たり前だったのはわずか数十年前のこと。
せめて母の時代にできていたことは自分もできる人間でありたいと願いつつ、そのレベルに到達せずに一生が終わりそうな気もするもり子です。

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