あらがわない
以前、まだ入社して間もない会社で、先輩だけど一回り以上年下の同僚から「もり子さんはあらがわない」と褒め言葉のように言われたことがあります。
たしかにわたしはあらがわない。抵抗するのが面倒だから。
本来高等なホモ・サピエンス(自ら「賢い人」と言っちゃってる)は知性や理性で他の動物との差別化を図り、欲望や感情をコントロールしてなんぼ。
でもわたしは基本的に逃げたかったら逃げ、闘いたければ闘い、食べたければ好きな物を好きなだけ食べて欲望のままに生きています。
というのも我慢せざるをえない状況もあるのだから、状況が許す時だけでも自分の心がおもむくままに過ごしたいし、どんなこともむさぼれば、いずれ飽きて別のことをし始めるからです。
飽きるまでにかかる時間が数時間か数日か、はたまた数年になったとしても、一生ということはたぶんない。
どんな欲望も満たされれば飽きます。
逆に理性で欲望をコントロールしようとすると、なかなか満足できずに長引く印象です。
わたしのまわりで鬱っぽい症状が続いている人を見ると、「これじゃイカン!」と自分の状態にあらがっている人が多い気がします。
一回「これじゃイカン」という意識(理性)を手放して、思いっきり落ち込んでみるのも手かもしれません。
どんどん深いところにブクブク沈んでいって、しばらくは底なし状態に恐怖を感じても、とことん沈みきったら底に足が当たって自然に浮上します。
中途半端だと足がつかなくて引っぱられる重力にあらがうことが難しく、浮上するためのエネルギーがたくさん必要なため、疲れて長引くという可能性はないでしょうか。
もちろんダークサイドから抜けられなくなる人もいます。
でもほとんどの人、ましてやわたしの好きな人たちは、そんな心配などいりません。
たとえ時間がかかったとしても、いつか必ず復活する。
元々生物として、わたしよりもずっと優れた性質を持つ人たちです。
何もする気が起きない時は、何もしなくていい。
あらがわなくても大丈夫。
と何度も底まで沈んでいるもり子は思います。
そういう時もあるよ。
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