管理と自由

 
閉鎖の理由は、「問題が起きる前に、マナー違反やトラブルなど想定される課題への対応を考えたい」とのこと。
地元のクライミングクラブとまちづくり協議会が協力し、看板やトイレの設置、散策道整備を進めてきただけに管理責任を感じている結果、とりあえずいったん閉鎖というかたちに至ったことがとても残念です。
こういう風潮がこれ以上広がらないことを切に願います。

というのも山は、所有者や管理責任者が誰であれ、基本的には無料で開放されている非常にありがたい空間です。
その上、誰から報酬をもらうわけでもなく、善意で登山道の整備やトイレの設置・管理をしてくださったり、危険な箇所にロープを張る、橋をかけるなどしてくださっています。
大半の登山者は、いつも感謝しながらそれらを利用させていただいていると思うのですが、時々どこの山でも入れることが当たり前、きれいで安全な道があって当たり前、橋やトイレがあって当たり前だと勘違いしている人がいるようです。
無料で四六時中、誰にでも開放されている特別な空間にもかかわらず。

過去にも吊り橋が落ちて死傷者が出たために起きた訴訟や、岩壁に打たれたボルトが外れて負傷したと慰謝料を求める訴訟などが起きており、こういうニュースを耳にするたびに、安全性を確保できないから山を/設備を閉鎖するといったことが起きないかヒヤヒヤします。
誰かの管理責任を追及し始めたら、利用させてもらっている側の自由がどんどん制限されてしまう。。。

たしかに山の中には、崩落等で通行の危ぶまれる登山道や、切れかかったロープ、壊れかけた橋などがありますが、山に入らせてもらうことを含め、それらの設備を「使わせてもらっている」という意識のある人は、自分で安全を確認して使うことが常識。
いつ誰がどんな目的で設置したのかわからないロープや鎖、マーキングはもちろんのこと、一見しっかりしていそうな橋もいつ落ちるかわかりません。
そのリスクも踏まえて「使わせてもらっている」ものだと思うのです。

もちろん有料の施設を利用する場合は、その施設の管理者に管理責任があります。
でも無料かつ善意で成り立っているものにまで管理責任を問うのはお門違いな気がします。

少なくともわたしは、「自分の力で登れた!」「無事に下山できた!」という、自分で安全を確保できることの喜びが登山の大きな醍醐味になっています。
安全が担保されていることはとてもありがたい一方で、それを求めることによって自由が制限されるなら、自分で安全確保する道を選びたい。
そう思う人が他にもいるからこそ、山好きは日々のトレーニングや勉強にいそしんでいるのではないでしょうか。
自分の判断力と技術、体力で安全を確保するという自由を味わうために。

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