福島の思い出:6月2日 その2
今回の旅は、宿泊地の都合で1日の行動時間が長めです。
しかも初日は、始発のバスで行っても7時間以内にキャンプ場に到着しないといけないという大きなハードルがありました。
日帰り装備の人が休憩なしで歩いて6時間半かかる道のりを、3泊4日分の装備を担いで7時間で行く。
普通に考えたら到底無理なため、この1か月は足に各1キロの重りをつけた徒歩通勤に加え、朝1時間の歩荷トレ、15キロを背負って標高1400メートルを上げる訓練を2回しました。
でも、残念ながら日帰り装備のペースで歩くことはできないまま本番に突入。
山では14時~15時にはその日の活動を終えるのが常識なのに、キャンプ場の受付締切時間17時にも間に合わない可能性大です。
受付場所である山荘の人に怒られるだろうな~と思いつつ、到着時間がギリギリになることを事前にメールで伝えました。
もうこれは、行くしかない!
10時活動開始。
なかなか登山口がみつからず、しょっぱなから30分のロス。
効果があるかはわかりませんが、熊対策として獣よけ線香をぶら下げ、ポールには鈴、ホイッスルを吹きながら出発です。
待ってくれ、待ってくれよ~!と、この日は1回15分以上の休憩をとりませんでした。
東京で友達にもらったお菓子を食べながら、ひたすら歩き続ける。
しかし雪の重みによる倒木は、1本の木が登山道を横切るように倒れているのではなく、何十本、何百本もの細い木が両側から覆いかぶさり、登山道をふさぐかたちで倒れているため、それを乗りこえたり、くぐったりの連続。
しかも場所によっては登山道を雪解け水がザーザー流れていて真っ直ぐ歩くことはできない。
当然川は増水しているため、足につけた装備(ゲイター、チェーンスパイク、靴、靴下)をすべて外し、ズボンの裾をまくって素足で冷たい川を渡る。
重いザックを背負ったまま手にストックを持ち、外した装備を一気には運べないため、徒渉か所はそれぞれ2往復して荷物を運びました。
そしてやっと見えてきた本日の目的地。
今日泊まるのは、あの火口(吾妻小富士)の奥。
直線距離にしたら近いけど、この右側の山々を経由して行きます。
真っ直ぐ道路に向かう踏み跡らしきものもあったけど、
もし道路に下りられなかったら最悪です。
予定通り山経由の道を選択。
伝わるかな~、このスケール感。
この時点で時刻は15時半。
倒木と雪解け水で17時到着が絶望的になった頃、火口のよく見える場所で携帯電話をチェックすると、電波の線が2本立っている。
もしかしたら電話がかけられるかもしれないと思い、浄土平ビジターセンターに電話。
今日宿泊受付をしてくれる山小屋は電波の届かない所にあるため、ビジターセンターの方には申し訳ないけれど、車で山小屋に行って、わたしの到着が18時半頃になることを伝えてもらう。
遭難の心配を避けるためだ。
日は暮れていくけど山々は美しい。
いかにも火山帯という山々を越えると、反対側は緑豊かな湿地帯でした。
この奥はワイルドさ増し増しの藪こぎらしいけど、そこまで行く人はほとんどいないようなので、今度吾妻連峰に来る時はこちら側のコースを歩こうと思いました。
もうこの時点で何百本もの倒木を越え、藪に対する耐性がついた気がする。
まだマダニは怖いけど(笑)。
一切経山(いっさいきょうざん)という有名な山以降は、ほとんどの登山者が歩くメインルートです。
2か所ぐらい雪渓もありましたが、その後に経験したものに比べたら規模は小さく、表面は柔らかい。 足跡もついていたので無問題。
むしろ駐車場のある浄土平ビジターセンターから山小屋までの道が想像以上の倒木で焦りました。
急いでいるのだから、車道を歩くべきだったかも(反省)。
そして18時35分、やっと宿泊受付をする吾妻小屋に到着です。
「本当に、申し訳ありません!!!!」と帽子をとって謝罪。
絶対に怒られると思っていたけれど、「いいんです、いいんです。今年は雪が多かったから大変だったでしょう。無事に着いて本当によかった」と優しく言っていただけました。
事前に、あまり歩く人のいないルートで来ることを伝えていたので、その道のりの残雪期の厳しさを十分理解してくださっていたようです。
「小屋に調理器具を持ってきて一緒に夕食を食べませんか?」と誘っていただいたり、無償でお菓子をくださったり、本当に親切にしていただきました。
しかしわたしには、まだやることがある。
auで契約した衛星通信が使えず、母に日課のメッセージを送れていなかったのです。
ということで夕食のお誘いは泣く泣く断り、テント場にザックを置いて携帯電波を探しに行きました。
電波の線が1本でも立っていれば、テキストメッセージは送れる。
2本あれば音声通話ができる。
道路など、普通の人が通る場所には電波の入ることが多い。
5分ほど携帯電話を片手に歩き、予想通り道路で電波を1本キャッチ。
ほっとひと息ついてテント場に戻り、テントを建てて夕食と水の準備です。
行動時間は8時間半だけど、長い1日でした。
夕食は食べきれずに残し、他の食材と一緒にして、においが出ないよう2重の防水バッグに入れて就寝(熊対策)。
翌日の準備をする力は残っていない。
スマートウォッチの記録を見ると、22時前に寝たようです。
福島の思い出:6月3日につづく




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