福島の思い出:6月3日
朝7時。
野営場に泊まっているわたしを心配してか、吾妻小屋の方が様子を見に来てくださいました(宿泊者はわたし1人)。
今日の予定を告げ、天候やルートを確認。
事前の予報通り雨。
でも下り900メートル、上り900メートルと、前日に比べたら下り基調の気楽なものだと思っていたのです、この時は。
テント場は森の中。
まだ雨は降っていない。
はいはい、雪ね~。
滑りますが登れますよ~。
と歩くこと7時間半。
鬼面山(きめんざん)の山頂を越えた辺りで様子が変わってきました。
岩場を下っていると雨風が強くなり、視界も悪くなる。
普段はコンパスと紙地図で山を登っているのですが、今回は念のためYAMAP(ヤマップ)というGPSを使用した登山アプリを入れて、使い方を練習してきました。
雨風を避けるために笹藪に隠れてふとYAMAPを開くと、2022年6月22日に同じルートを歩かれた方の注意喚起コメントが目に入りました(電波がなくても表示できるのはすごい)。
「雪渓あり。足元注意。傾斜もきつい」
ここにきて雪渓?!と驚くわたし。
これまで8時間以上歩いてきて、雨風の強い中、傾斜のきつい雪渓?!
3年前の情報とはいえ、例年よりも雪の多い今年は絶対にヤバい。
この時点で16時を過ぎている。
ここから野地温泉に撤退して空室を探すか?
万一空室がなくても、この天候だ。 頼みこんでテントを張らせてもらえばいい。
でも、この風雨の中ヘッドランプをつけて岩場を通過するリスクは大きい。
下山にも最低2時間半はかかる。
かといって、これまでにテントを張れるような場所はなかった。
今も川状態の登山道にしゃがんでいるだけ。 腰を下ろすスペースもない。
これまでは足を濡らさぬように歩いてきたけれど、度重なる倒木の乗り越えで靴が破れて浸水。
一度濡れたらどうでもいいや、と水に浸かった状態でした。
この先にテントを張れる場所があるだろうかと思いつつ、倒木と雨と雪解け水で泥だらけになりながら先を進むことに。
1日中雨の中を歩いてきたからか、手を上げた時に袖口から雨が入ったのか、服がだんだん濡れているのを感じる。
寒い。
このままでは低体温症になってしまう。
体を動かし続けねば。
こうなったら絶対に、何が何でも今日の宿泊地である鉄山避難小屋に到着すると固く誓い、視界の悪い中、雨風に打たれつつ前に進みました。
そこに出てきた雪渓ドーン。。。
写真:玉露さん 出典:YAMAP
2025年5月1日、箕輪山山頂手前の雪渓。
必死すぎて写真は撮っていませんが、わたしが見たのは、これの視界が悪いバージョンです。
あとで地図を確認すると、雪渓上の登山ルートは距離にして150~180メートル、高低差60m(=勾配40%位)の大きなものでした(もちろん雪渓自体はその何倍も大きい)。
しかも踏み跡のない状態。
表面は凍っています。
この雪渓を見た時の衝撃たるや、今も忘れられません。
アイゼンやピッケルもなく、この斜面を上がるのは危険。
ガスで視界がきかず、どこまで雪渓が続いているのかわからない。
登山道がどこにあるのかもわからないので、YAMAPのGPSを頼りに藪をつかみながら大回りして登山道を探しました。
YAMAPを入れてきて本当によかった。。。
地図とコンパスで進行方向を割り出すこともできますが、その作業には時間がかかり、日没の迫る中、風雨にさらされながらやることを想像するとゾッとしました。
体も濡れている今、一刻も早く避難小屋に着かなければいけません。
「遭難」の二文字が何度か頭をかすめながら、その度に自分を叱咤激励して雪渓を通過。
そのあとは更に雨風が強まって台風の中にいるようでした。
そして2時間後の18時過ぎ、無事に鉄山避難小屋に到着。。。
避難小屋が見えた時、中に入った時も、夢を見ているように現実味がありませんでした。
それでもすぐに衣服をはぎとって着替え、春雨スープに大豆と乾燥野菜、高野豆腐を入れて食べました。
小屋内の気温は9度だったけど、体が冷えていたのか、もっと寒く感じました。
エマージェンシーシートにくるまり、寝袋の中に入って就寝。
明日のことは、明日考えることにしたのです。
カッパから下着まで、全部ズブ濡れでした。
福島の思い出:6月4日につづく





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