福島の思い出:最終日6月5日
10時、バス停のある岳温泉を目指し、あだたら高原野営場を出発。
道中で、これまで歩いてきた山々が見えました。
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撤退を決めた所から当初の目的地である安達太良山までは、わずか1時間の距離です。
でも「爆裂」と呼ばれる爆風の中、両脇の切れ落ちた細尾根は、自分には歩けなかったと思います。
それに下山に使う予定だった川沿いのルートは、4月25日に起きた崖崩れで通行できなくなっていることを下山後に知りました。
山は季節や天候、ルートによって難易度が変わると頭ではわかっていても、それを身をもって感じたのは初めてです。
雪の影響は雪解け後も残り、それは温暖な地域に住む者の想像をはるかに超えていました。
今回は、高湯、幕川、赤湯、土湯/野地、塩沢と5つの温泉を通ったけれど、どこもお土産屋さんや食事処、自動販売機のある温泉街ではなく、まわりに何の建物もない、宿が1~3軒あるだけの温泉地でした。
考えてみれば当たり前です。
雪の降る所に屋外自動販売機などないのに、それすら想像していなかった自分が恥ずかしい。
自動販売機がないため、水を補給するために立ち寄った野地温泉ホテルでは、全身ズブ濡れのわたしを中に入れていただき、本当に感謝しています。
その野地温泉ホテル自体、今年2月に雪崩で孤立したことすら、わたしは知らなかったのです。
出典:福島中央テレビNEWS
自分はどれほど穏やかな環境で、安気に暮らしているのかと思いました。
福島の人が温かいのは、これほど厳しい冬を知り、晴れた日の青い空を知っているからかもしれないと思いました。
雪や強風に慣れた人なら、道を覆い隠す倒木も、水がザーザー流れる登山道も、雪渓も、爆風も大したハードルにはならないでしょう。
しかしそれらを初めて体験するわたしは怖かった。
そんな自分を支えてくれたのが、「向こうで衛星メールを送ってみて」と軽く言ってくれた東京の友達です。
山行初日、2日目とさまざまな場所で衛星通信を試みたものの失敗。
携帯の電波をみつけて「また送ってみる」と連絡をしている内に、彼は何かを感じとったのでしょう。
わたしは何の状況も伝えていないのに、「何かあった時の連絡先と宿泊地を教えて。下山しなかった場合に連絡するから」というメッセージをくれました。
その言葉に甘えて、わたしは日々の行程と宿泊地を伝え、宿泊地に着くたび到着メッセージを送ったのですが、彼にしてみたらウザいし心配だし大迷惑だったと思います。
だから普段は誰にも言わないで山に行くのですが、今回は「Jちゃんに避難小屋に泊まるって言ったから、絶対に何が何でも避難小屋に行く! 絶対無事に下山する!」と思えた。
自分の身の安全だけでなく、Jちゃんとの約束を守るためにも、絶対に事故を起こさないという気構えが強くなったのです。
もし今回の山行中、いつものように誰とも連絡をとっていなかったら、ここまで強い気持ちで恐怖心を乗り越えられたかわかりません。
「山は余裕をもったスケジュールで動く」「14時~15時には活動を終える」という定番のセオリーも、本当にその通りだと思いました。
今回は宿泊地の都合で仕方なかったとはいえ、こういう時間的に無理のある行程を組むべきではなかった。
14時~15時には活動を終えられるスケジュールであれば、通過に時間のかかる倒木、徒渉、雪渓、強風があっても、17時頃には宿泊地に着きます。
18時や19時に到着したのでは、疲れ果てて早起きはできず、翌日の準備もできません。
今回は一度も翌日分のおにぎりを作ることなく、前日に食べ残した物と行動食だけで動きました。
最後に到着した岳温泉は、今回の旅で唯一お土産物屋や食事処のある温泉街でした。
これも、前日までのハードスケジュールゆえ朝7時まで爆睡し、時間に余裕のないまま行ってしまったため、とても素敵な町だったのにまったく観光することができませんでした。
それでも駆け足で入った温泉はすごく気持ちよかったし、コンビニで買ったお惣菜はおいしかったです(本当は定食屋で食べたかった)。
岳温泉もまた来たい。
あだたらはとてもきれい。
今度はもっと経験を積んで、じっくり福島を楽しみに来ようと思いました。
高湯温泉(上)から岳温泉(下)までの全行程。
福島の思い出 おわり





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