「失敗も、する」「完璧な人間ではない」ではイカンのか

 
芸能人の千原せいじさんが、不適切な言動を含んだ動画で炎上していることを知りました。
わたしも見てみましたが、あまりのひどさに数分でギブアップ。
たしかに相手を呼んでおいて、ああいう扱いはよくないと思う。
ただ、わたしの見た感じ、「(ロンドンブーツの淳さんを議論で)ボコボコにしてやりました」「勝った」「勝ちました」と言うゲストの感覚に、「コミュニケーションってそんなもんじゃないやろ!」というせいじさんの正義感が反応してカチーンときてしまったのではないかと。
その後メッチャクチャな展開になったのは、せいじさんが感情的になってしまったから。
でも、誰だってそうなることはある。
あの失敗だけで引退を求めるほど、せいじさんを叩く人たちは完璧なのか?と思ってしまいました。

わたしはテレビを通じてしかせいじさんのことを知りませんが、元々人の本音や物事の本質に迫るために、あえて境界線を踏むコミュニケーションの仕方をする人という印象があります。
それを〝ガサツ〟と言えばがさつ。 〝無神経でデリカシーに欠けて乱暴〟と言えば、そうとも言えます。
しかしそういう方法をとるのは、本音や本質でつながりたいという誠実さの表れでもある。
そこを一切無視して、表面に表れた一部だけで誰かを判断することに何の疑問も抱かない人の方が、わたしは気になります。

今の世の中は「失敗もする」「完璧な人間ではない」ことが許されないのでしょうか。

仮に、せいじさんがあえてああいうコミュニケーションの取り方をする人だとしたら、「しまった! 失敗した!! でもやってしまったことは、なかったことにできないからしょうがない。俺が悪い!」と反省している可能性があります。

わたしも失敗する。 みんな失敗する。
「あれはよくなったよね。。。 次からはこうした方がいいんじゃない?」ぐらいですむ気がするのですが、その人の仕事を奪おうとし、全人格を否定することが適切なのか、わたしにはわかりません。

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