外国人嫌悪
先日、海外に住む友達からJICAアフリカ・ホームタウン騒動に関する英・ガーディアン紙の記事が送られてきました。
そこには「排外主義的逆風(xenophobic backlash)」というインパクトの強い言葉が並び、海外の人にはあまり知られたくなかった日本の一面が、ついに主要メディアでとりあげられたことに、とても残念な気持ちになりました。
JICAアフリカ・ホームタウン騒動とは、去る8月20日から22日にかけて横浜で開催された第9回アフリカ開発会議でJICA(国際協力機構)がアフリカ各国と交流の深い国内4市を各国の「ホームタウン」に認定し、人材交流や連携イベント、国際交流を後押ししようとしたことに始まります。
これに強く反発した人たちが、「日本の市や町をアフリカに譲渡した」「移民が押し寄せる」とホームタウンに認定された市役所に抗議の電話やメールを送り、8月28日には東京のJICA本部前で100人近い人がJICA解体を求めるデモにまで発展した事件です。
(参考:「アフリカ・ホームタウン騒動、『JICA解体』主張の背景にあるもの」2025年9月14日朝日新聞、山本知佳、加藤あず佐記者)
この騒動を受けて、外務省は移民の受け入れ促進や、相手国に対する特別な査証の発給を行う想定はないと発表していますが、逆に移民の受け入れ促進や特別ビザの発給をして何が悪い?というのがわたしの意見です。
日本は人口減少と人材やアイデアの行き詰まりという問題を抱えている。
今の日本には、さまざまな技術、発想、能力を持った人の力が不可欠です。
とはいえ、頭では必要だとわかっていても、感情として何かを「嫌だ」「怖い」と思ってしまう人の気持ちも理解できます。
わたしはアクロフォビア(高所恐怖症)で、落ちないと頭ではわかっていても、できるだけ高いところを避けてしまう。
外国人を毛嫌いするゼノフォビアの人も、ある意味、同じ心理構造なのかもしれません。
怖い対象が高さか外国人かの違い。
ただ、どうせ避けられないのなら、その恐怖心や嫌悪感を克服していくしか方法がないのではないでしょうか。
加えて、ゼノフォビアの対象は人間です。
その土地のルールやマナーを知らなくて間違いを犯したときに、誰も彼らがわかるかたちで説明もせずに、「外国人はルールを守らないから嫌い!」と言うのはひどすぎる。
相手がかわいそうです。
わたしのバイト先には、普段から日本人とほぼ同数の外国人が働いています。
彼らはわたしよりも数年長く勤める先輩で、みな一様に仕事ができます。
馴れ合いですべてをうやむやにしようとする日本人よりも、よっぽど仕事ができるし、よく働く。
それにもかかわらず、日本語が流暢でない、率直に意見を言うという理由だけで彼らは嫌われ、ずっと余所者扱いを受けています。
バイト先の人は、せっかく日常のなかで恐怖心を克服する機会に恵まれているのに、それをまったく活かせていない。。。
自分がこうだから、他の人もこうした方がいいんじゃないかと言えないことは重々承知です。
でも外国や外国人との交流は、日本が存続するためにも避けて通れない道だけに、相手のことがよくわからないから怖い、嫌い、だから排除しようとする姿勢の非合理性と非人道的態度に、同じ日本人として恥ずかしさが否めません。
まずはお互いの違いを受け入れ、少しずつ距離を縮めてはいけないものでしょうか。
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