慎ましい先輩

 昨日、心から噴き出して止められない「湯につかりたい」という思いをそのまま言葉にしたら、不思議と心が落ち着きました。

昨日はお湯を沸かす際の湯気を利用して室内の温度を上げ、入れたそばから温度が下がるのを防ぐためにバケツ3杯の湯を1セットで入れる。お湯の温度が下がった時用の新しいお湯も用意して入浴するという方法を試した結果、入浴中も寒い思いをせず、お風呂から出たあともポカポカが続くという十分満足できる入浴ができました。
これなら、今後どうするかをゆっくり考えられそうです。

人には「そんなことしてないで、さっさと給湯器を買いなよ!」と言われそうですが、わたしが何かを欲しい、買いたいと思う時に、いつも尊敬している人の姿が目に浮かび、「〇〇さんたちがわたしより質素な生活をしているのに、自分ごときがそんな物を買っていいのか?」という疑問が頭をよぎり、簡単に便利さや快適さを買うことにブレーキがかかってしまうのです。
たとえ最終的に便利さや快適さを買うことになっても、できるだけ知恵と工夫で乗り切れる人になりたい。
その思いが強いため、なかなか物の購入にいたらない。
雨具も今ある物でなんとかしのげそうなので、まだ買っていません(これは身の安全にかかわることなので、少しハードルの高い山行をするまでには買います)。

慎ましい先輩がいると大変です。
昔から好きになる人が、なぜかストイックだったり、かなりの努力家だったりするので、その背中に憧れる者は、おのずと自らの生活を顧みざるをえない。
でも先輩の存在があるからこそ、その方々が近くにいない時でも、「それでいいのかい?」と自分に問うことができます。

尊敬する先輩方は滅茶苦茶質素。
わたしが一番ぬくぬく・ダラダラと暮らしているのです。

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