「印象は操作できる」という当たり前のこと
今日の『朝日新聞』朝刊は、パレスチナ自治政府のアッバス議長との単独会見が実現したこともあって、一面トップに加え、イスラエル問題について非常にわかりやすい特集記事が組まれています。
個人的に一番興味深かったのは、紙面を通じて伝わってくるアッバス議長の印象です。
わたしはイスラエル問題に関する知識がほぼないため、何の根拠もないのですが、「もしかして、この人は去年から始まった戦争の一因になっている??」という気が少ししました。
特集記事は複数の記者が担当していて、切り口も内容も違う。
それなのにいくつかの片鱗から、そんな印象を持ったのです。
それで思い出したのが、ダウンタウン・松っちゃんの性加害騒動について言及した箕輪厚介さんの指摘。
―― 10のファクトがあったとしても、取材の上で、「確実に箕輪がおかしい」と思える3つを厳選して記事に書く。事実に間違いありませんが、全体像を示せば読者の印象は違ったはずです ――
つまり、「誰かを悪者にしたい時は、その人に不利な事実だけを伝える」という手法です。
(※先の枕につかった『朝日新聞』の記事がアッバス議長を悪者にしようとしているわけでは決してないので、念のため)
仮に10個ある情報のすべてが事実でも、事件の被害者とされている人が信頼に足らないと思われるような事実(たとえば「危険な集まりに自ら進んでよく行っていた」「遊び人だった」「反社会的な人とのつながりがある」など)を公表せず、情報の発信者が悪者にしたい人に不利な事実だけを伝えるという印象操作テクニックです。
これは、昨年一時話題になった花丸事件でも言えること。
また、人前ではリア充の意識高い系(事実)の顔だけ見せて、家に帰ったらゴミ屋敷でコンビニの弁当を食べている(これも事実)けれども、世間的には目に見える〝リア充の意識高い系〟(=憧れの対象)として通っているということは、よくある話です。
情報がお金や力を生む以上、それを利用する人もいて当然。
やっぱり悪いのは踊らされる人、よくわからないのに煽られて神輿を担ぐ人です。
現に、箕輪さんの文春批判?とも受け取れる記事を掲載しているのが『週刊文春』であるというところが、『週刊文春』の本質を一部垣間見せていると思います。
いつの時代も、「印象は操作できる」という当たり前のことを忘れると恥ずかしい思いをするかもしれません。
わたしも含めてみんな、注意が必要です。
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